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◎ 東京・中日新聞コラム「紙つぶて」20回分転載。 --> ◎

2019年03月26日

お彼岸さま

◆春彼岸会 (三月十八日~二十四日)
お彼岸さま
写真は長い柄の竹の柄杓で水向地蔵尊に水を手向ける子供たち
やってみると、これがなかなか難しい。柄が長くてしなるし、、竿の先の水の入った柄杓が右に左に動き回るし、自分の竿が他の人たちの竿と絡まったりするので、思うようにはいかないのです。

浜松では、春と秋、春分の日、秋分の日をお中日と呼び、その日を挟んで1週間を「お彼岸さま」と呼んで、鴨江観音にお参りに行きます。
今年もお参りに行って来ました。
家での楽しみといえば、ラジオ位しかなかった昔には、近隣の村や町からも大勢の老若男女がお弁当持ちで観音まいりにやって来たのです。沢山の色々な露店が、お寺の境内はもとより、街につながる道の両サイドにも延々と繋がり、学校が終わると毎日飛んで行きました。それはそれは楽しみなものでした。境内には「木下大サーカス」の大テントが張られたり、蛇をむしゃむしゃと食べる「へび女」の小テントも張られたりして、「サーカスに入りたい! へび女を見たい!観たい!」とわがままを言って、親を困らせたものです。
昨日あった高校の同総会でも、その話で、大盛り上がりでした!そうです。当時の有様が目に見え、肌に感じられ、露店で売っているイカ煮や、たい焼など、食べ物の匂いまで、まざまざと、生き生きと蘇って来るのでした。
古き良き時代・・・・・

ここでちょと遠州のお彼岸『お鴨江まいり』の由来を・・・

千三百年の昔、行基菩薩様がこの地方に来られました。この地方では未だ文化も開けず仏法もありませんでした。東に向かって開け、水が流れていた鴨江の沢、その奥まった処に滾々と湧き出ている泉があり、付近一帯に冷気が漂い、夥しい精霊が集まっていました。菩薩様は、この泉を汲んで精霊に手向け、ご供養なさいました。すると樹々の梢に紫雲棚引き、また、妙なる音楽が聞こえて精霊は大歓喜、皆悉く成仏し、此の世ながらの極楽浄土を現成したと伝えられています。水向地蔵尊前、皆さんが水を汲む阿伽井戸が菩薩様のお汲みになった泉です。時に芋堀長者は、観音様にご恩報謝のためとて菩薩様と相談されて此の地に鴨江寺を建てられたのであります。鴨江寺は、その後興廃変遷もありましたが法燈連綿として千余年、今日に至るまで郷土の人々に「死ねば鴨江に行く」との信仰を持続して来たのです。今、皆様が手向ける水は、菩薩様の加持力によって、亡き父母、或いは亡き愛し子又は兄弟姉妹の精霊に回向されて、皆悉く成仏いたします。
このような因縁のお話は別として、初仏の為の初彼岸まいり、亡き父母、亡き親しい人の為の孝行まいり先祖供養、亡き水子の水子供養、鳥獣生類一切の為のペット供養などに心を込めてお詣りすることが、「お鴨江まいり」の本当の意味なのです。




Posted by 管理びと at 01:47│Comments(0)
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